盛岡地方裁判所 昭和26年(行)1号 判決
原告 丸山賀一
被告 岩手県知事
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十四年十一月一日附岩手わ第二一号買収令書をもつて一ノ関市川辺字三角谷起六十番の二畑一反一畝二十二歩及び同上六十番の内ヌ号の二畑五畝二十四歩につきなした買収処分はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、請求趣旨記載の二筆の畑は元原告の所有であり昭和十年頃から訴外千葉清雄に賃貸小作させていたところ、昭和十九年十月賃貸借契約更新に当り当時応召中の原告の長男富一が復員して来たら右契約を解約し即時右各土地の返還引渡をなすとの約であつた。その後昭和二十年九月二日右富一が復員したので前記約定に従い同月中当事者の合意により右契約を解約の上原告は前記各土地の返還引渡を受け、翌十月中これに小麦を播種し爾来原告において耕作し現在に至つたものである。
しかるに昭和二十二年五月二十一日中里地区農地委員会が昭和二十年十一月二十三日基準時現在の事実に基き自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第一号に該当する小作地として右各土地につき第二期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したので、原告は昭和二十二年五月二十九日前記小作人千葉清雄と共に同地区農地委員会に出頭し、前記各土地に関する小作契約は既に基準時以前に当事者の合意により解約せられ、同日現在において原告がこれを自作していた旨申し述べ右買収計画に対し異議を申し立てたところ、同委員会は右異議申立を認容して右買収計画を取り消したのである。ところが昭和二十四年二月十六日右千葉清雄が前記各土地の隣地である原告所有の一ノ関市川辺字三角谷起六十番のチ号の二畑一反二畝四歩及び同上六十番のト号畑一反二畝十一歩につき遡及買収の請求をなしたところ、同月十九日同地区農地委員会は右各土地につき第十一期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したので同月二十五日原告はこれに対し異議を申し立てたところ同年三月二十四日同委員会は右異議申立を認容して前記第十一期買収計画もまたこれを取り消したのである。しかるに前記千葉清雄は前記六十番のチ号の二及び同番のト号の各土地につき所期の目的を遂げ得られないと知るや前記のようにさきに基準時現在において原告が自作していたと述べていた請求趣旨記載の各土地につき同月三十一日同地区農地委員会に対し遡及買収の請求をなし、同年九月十六日同委員会は再び右各土地につき基準時現在の事実に基き第十三期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したので同月二十六日原告はこれに対し異議を申し立てたところ、同委員会はこれに対する決定をなすことなく、同月二十七日附をもつて前記第十一期買収計画に対する異議決定書の理由中の一部を訂正してその旨原告に通知した。しかしながら右訂正は、さきに原告が右第十一期買収計画に対する異議申立に当り同地区農地委員会に提出した口述書中の誤記の点、すなわち請求趣旨記載の各土地の返還日時を昭和二十年夏と記載すべきを誤つて昭和二十一年夏と記載した点を捉え、右異議に対する決定書中では正当にも右返還日時を昭和二十年夏と認定しておきながら、これは昭和二十一年夏の誤記であるとして右異議決定書中の理由の一部を訂正したのであり明らかに事実と相違するので、原告は同月二十八日右訂正に不服の申立をなしたのである。しかるに同地区農地委員会は同年十月十五日右不服の申立を理由なしとして却下する旨の決定をなしたので原告は同年十一月十四日県農地委員会に対し訴願したところ、昭和二十五年五月二十六日訴願認容の裁決があり同年六月十八日頃右訴願裁決書の謄本が原告に送付された。ところが同年六月二十五日中里地区農地委員会は、県農地委員会のなした前記訴願裁決は法令に違反し且つ著しく不当であるとして被告知事に対し再議に付せられたき旨の請求をなしたところ、被告知事はこれを容れ同年八月二十四日県農地委員会に再議に付させた結果、同委員会はさきになした前記認容の裁決を取り消して更めて訴願棄却の裁決をなした。しかるに被告知事はこれよりさき前記第十三期買収計画のいまだ確定しないうちに県農地委員会の所定の承認手続を経て昭和二十四年十一月一日附の買収令書を発行し、同月十一日頃中里地区農地委員会に対しこれが原告への交付方を嘱託したところ、同地区農地委員会は更に長島村農地委員会に依頼したが、同村農地委員会は前記第十三期買収計画に対する異議決定がなされていない以上右買収令書を交付すべきではないとして原告にこれを交付しなかつたところ、被告知事は昭和二十六年五月二十三日附岩手県告示をもつて買収令書の交付に代る公告をなし、もつて請求趣旨記載の二筆の畑を買収したのである。
以上の次第で右買収処分には左の違法がある。
(一) 請求趣旨記載の各土地は基準時現在原告の自作地であるにかかわらず、自創法第三条第一項第一号所定の不在地主の小作地であるとして買収したのは違法である。
(二) 前記第十三期買収計画に対する原告の異議申立につき中里地区農地委員会において何等の決定をなさず、従つて右買収計画がいまだ確定せざるうちに被告知事が前記買収処分をなしたのは違法である。
(三) 右買収計画は前記千葉清雄の遡及買収の請求に基き樹立されたものであるが、同人は、さきに右各土地につき樹立された第二期買収計画に対し原告において異議を申し立てるに際し前記のように原告と共に農地委員会に出頭し基準時現在において原告が自作していたことを述べておきながら、前記六十番のチ号の二及び六十番のト号の二筆の畑につき所期の目的を遂げ得られないに及んでにわかに態度を豹変し、前記請求趣旨記載の各土地につき再び買収請求をなすようなことは、仮りに同人が基準時現在右各土地を耕作していたとしても、明らかに信義に反する行為であり、自創法第六条の二第二項第二号に則り遡つて買収計画を樹立し得べからざるにかかわらず前記遡及買収計画を樹立したのは違法であり、従つてこれを踏襲してなした被告知事の前記買収処分もまた違法である。
以上いずれの点よりするも右買収処分は違法であり且つ右の違法は取り消し得べき瑕疵に該当するからこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中その主張の六十番の二及び同番の内ヌ号の二の各畑が元原告の所有であり、これをその主張日時頃から訴外千葉清雄が賃借小作していたこと、原告主張日時中里地区農地委員会が基準時現在の事実に基き自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として右各土地につき第二期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し原告が異議の申立をなしたところ、同地区農地委員会はこれを認容して右買収計画を取り消したこと、原告主張日時前記千葉清雄が原告主張の六十番のチ号の二及び同番のト号の二筆の畑につき遡及買収の請求をなしたので、同地区農地委員会が右各土地につき第十一期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、原告が異議を申し立てたところ認容せられ右買収計画もまた取り消されたこと、原告主張日時右千葉清雄が前記六十番の二及び同番の内ヌ号の二各畑につき遡及買収の請求をなしたのでその主張日時同地区農地委員会が再びこれにつき第十三期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し原告がその主張日時再び異議を申し申てたこと、原告主張日時同地区農地委員会が異議申立に対する決定書の理由中「昭和二十年夏取上」を「昭和二十一年夏取上」と訂正してその旨原告に通知したこと、原告主張日時原告が同地区農地委員会に対し異議申立弁白書と題する書面を提出したこと、原告がその主張日時県農地委員会に対し訴願したところ訴願認容の裁決がありその裁決書の謄本が原告主張日時原告に送付されたこと、原告主張日時中里地区農地委員会が被告知事に対し、県農地委員会のなした前記訴願裁決を不当なりとして再議に付すべき旨の請求をなしたので被告知事は調査の上県農地委員会をして右訴願裁決を再議に付させたところ、同委員会はさきになした訴願認容の裁決を取り消して更めて訴願棄却の裁決をなしたこと、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て原告主張の買収令書を発行しその主張日時頃中里地区農地委員会に対し右買収令書を原告に交付するよう嘱託したこと、原告主張日時被告知事が岩手県告示をもつて買収令書の交付に代る公告をなしたこと、以上の事実はいずれもこれを認めるが、基準時現在原告が本件二筆の畑を前記千葉清雄から返還引渡を受けて自作していたとの点、中里地区農地委員会が前記第十三期買収計画に対する原告の異議につき決定をなさず、従つて右買収計画の確定以前に被告知事が前記買収令書を発行したとの点及び長島村農地委員会が右決定前であることを理由に原告に対し右買収令書を交付しなかつたとの点はいずれもこれを否認する。本件各土地は基準時現在前記千葉清雄の賃借にかかる小作地であつた。中里地区農地委員会が昭和二十四年十月十五日附をもつてなした異議却下決定は、第十三期買収計画につき同年九月二十六日原告の申し立てた異議に対する決定であり、第十一期買収計画に対する異議認容決定書の理由中の一部訂正につき原告のなした不服申立に対する却下決定ではない。従つて原告主張の訴願は、右第十三期買収計画に対する異議却下決定に対してなされたものであり、右訂正に対する原告の不服申立につきなした却下決定に対する訴願ではない。されば前記第十三期買収計画に対する異議につき決定のないまま本件買収令書を発行したのではないのである。被告知事の依頼を受けた中里地区農地委員会が原告に対し買収令書の交付方通知したところ、原告自ら同委員会に出頭の上これが受領を拒否したので、被告知事は岩手県告示をもつて買収令書の交付に代る前記公告をなしたのであつて、原告主張の経緯で原告に右買収令書が交付されなかつたのではない。中里地区農地委員会の昭和二十五年六月二十六日附再議の請求に基き、被告知事は同年八月七日現地につき調査の結果右請求を理由ありと認め、同月二十四日県農地委員会に再議に付させたところ、同委員会は審議の結果、昭和二十五年五月二十六日なした前記訴願認容の裁決が事実の誤認に基く違法のものであることを発見し即日これを取り消し、更めて訴願棄却の裁決をなしたのである。しかして右被告知事の再議処分は自創法施行令第四十七条に基き上級行政庁の監督上必要な命令処分としてなしたものであり、農地調整法第十五条の二十八に基くものではないから同条所定の一箇月の期間の制約を受けるものではない。以上いずれの点についても原告主張のような違法は存しないから原告の本訴請求は失当であると述べた(立証省略)。
三、理 由
原告主張の六十番の二及び同番の内ヌ号の二の二筆の畑が元原告の所有であり、昭和十年頃から千葉清雄に賃貸小作させていたこと、昭和二十二年五月二十一日中里地区農地委員会が昭和二十年十一月二十三日基準時現在の事実に基き自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として右各土地につき第二期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、同月二十九日原告が異議を申し立てたところ認容せられ右買収計画が取り消されたこと、昭和二十四年二月十六日前記千葉清雄がその賃借小作にかかる原告主張の六十番のチ号の二及び同番のト号の二筆の畑につき遡及買収の請求をなしたので同月十九日同地区農地委員会が右各土地につき第十一期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、同月二十五日原告が異議を申し立てたところ、同年三月二十四日同委員会はこれを認容して右買収計画を取り消したこと、同年九月十六日同地区農地委員会が前記千葉清雄の遡及買収の請求に基き再び本件各土地につき第十三期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し同月二十六日原告が異議を申し立てたこと、翌二十七日同地区農地委員会が異議申立に対する決定書の理由中「昭和二十年夏取上」を「昭和二十一年夏取上」と訂正してその旨原告に通知したところ、翌二十八日原告が同委員会に対し異議申立弁白書と題する書面を提出して不服を申立てたこと、同年十一月十四日原告が県農地委員会に対し訴願したところ昭和二十五年五月二十六日訴願認容の裁決がなされたこと、同年六月二十五日同地区農地委員会が被告知事に対し右訴願裁決につき再議に付せられたき旨の請求をなしたこと、よつて同年八月二十四日被告知事がこれを調査の上県農地委員会の再議に付させたところ右同日同委員会は、さきになした前記訴願認容の裁決を取り消して更めて訴願棄却の裁決をなしたこと、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て昭和二十四年十一月一日附の買収令書を発行し、昭和二十六年五月二十三日附岩手県告示をもつて買収令書の交付に代る公告をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
よつてまず本件各土地が基準時現在小作地であつたか否かにつき争いがあるのでこの点につき案ずるに、成立に争のない乙第四、九号証、第十号証の一、二、第十二号証、証人千葉清雄及び加藤作太郎の各証言を綜合すれば、原告が前記千葉清雄に対し昭和十年頃以降本件各土地と六十番のチ号の二及び同番のト号の各畑との合計四筆を期間の定めなく賃貸小作せしめていたところ、その後昭和十八年頃原告が右千葉清雄に対し、当時農学校在学中の原告の長男富一が学校を卒業し働き手が増えたら原告において自作するからその際は右四筆の畑全部を返還されたき旨申入をなしたが、右富一は農学校を卒業して間もなく昭和二十年三月応召したためそのままとなり右千葉清雄において引き続き従前どおりこれを耕作していたこと、同年九月右富一が復員するや原告は再び右千葉清雄に対し前記小作契約の解約を申し入れ右四筆の畑全部の返還を求めたが同人の応ずるところとならなかつたので、取り敢えずそのうち前記六十番のチ号の二及び同番のト号の二筆につき小作契約を合意解約してその返還を受け、同年十月中原告においてこれに大麦及び小麦を播種して耕作を開始したこと、その際、その余の本件二筆の畑については翌二十一年九月まで右小作契約を継続することとし、その後は原告において自作する代りに代替地としてその所有の他の畑を右千葉清雄に賃貸小作せしめるとの約であつたこと、よつて右同人において昭和二十一年九月播種作付してあつた大麦の収穫終了後、前記当事者間の合意の趣旨に基き右小作契約を解約して本件各土地の返還引渡をもなしたこと、しかるに原告は右各土地の引渡を受けながら前記代替地に関する約束を果たさず、そのまま右四筆の畑を自作して現在に至つたこと、以上の事実を認めることができる。甲第一、二、四号証をもつてしても右認定を覆すに足りない。原告の主張に副う証人丸山富一、千葉新助、菅原信吉、丸山新一の各証言部分は前記各証拠に照らしにわかに措信し難く、その他原告提出援用にかかる全立証をもつてするも右認定を覆し、基準時現在本件各土地が原告の自作にかかる土地であつた事実を認めることができない。
果してそうだとすれば、本件各土地は基準時現在前記千葉清雄の賃借にかかる小作地であつたものといわなければならないところ、その後昭和二十一年九月前示小作契約は契約当事者の任意に基く合意により解約返還されたのであるから、右各土地は自創法第六条の二第二項第一号にいわゆる昭和二十年十一月二十三日以後において適法に解約せられた小作地に該当するものといわなければならない。
ところで右法条は、仮令基準時現在小作地であつても、基準時以後において適法に解約せられた小作農地は、遡つて基準時現在の事実に基いてこれを買収してはならないとする、遡及買収に対する例外規定であるが右法条の適用の要件として、右解約が単に適法であるのみならず正当であることを要するとしているから更に進んで前示合意解約の正当性について判断しなければならない。
しかして右法条にいう正当性の判断の基準は、農地調整法第九条第一項及び同法施行令第十一条のいわゆる相当性ないしは正当の事由における判断基準と同一に解すべきところ、同法施行令第十一条によれば、農地の賃貸人が賃貸借を解約するには、賃貸人の自作を相当とするか又はその他正当の事由あることを必要としその相当性又は正当性は、当該賃貸人が自作をする上において必要なだけの経営能力及び営農施設等を有するかどうか、右賃貸人の自作により当該農地の生産が増大するかどうか、賃貸借の解約により当該農地の賃借人の相当なる生活の維持が困難となることがないかどうか等当該農地を中心に生活を営む契約当事者双方に関する諸般の事情を考慮して認定しなければならない旨規定しているのである。
本件についてこれを観るに、成立に争いのない甲第三号証の一、二及び前記証人千葉清雄の証言によれば、前示小作契約解約当時における原告の家族は五人でその所有農地は本件各土地を含めて三町九反八畝歩であり、そのうち一町八反八畝歩を自作していたに対し、一方右千葉清雄は家族四人でその所有農地は僅かに五反二畝歩にすぎなく、他に本件各土地を含めて小作地九反九畝歩を耕作していたけれどもその経済力において原告のそれに比し格段の相違のあつたこと、しかも右千葉清雄はこれまで小作人として賃料の不払その他嘗て不誠実の所為に出たことなく、本件各土地の耕作をもつてその一家経済の重要なる支柱となし来つたものであることを認めることができる。右認定を覆すに足る何等の証拠がない。
してみれば、前示小作契約解約当時における契約当事者双方の本件各土地に対する必要性ないしその一家経済において占める重要性の比較からいつても、他に原告が右各土地を自作しなければならないとする特段の事由の認むべきもののない本件においては、殊に右千葉清雄が右解約に合意したのは後段認定のとおり、原告が代替地を賃貸してくれるとの期待においてなしたという事実を併せ考えれば、結局前示小作契約の解約は正当性を欠くものであるといわなければならない。従つて前示のとおり右小作契約が当事者の任意に出でた合意に基き適法に解約せられたものであるとしても、右合意解約は自創法第六条の二第二項第一号にいわゆる正当な解約ということはできないものといわなければならない。この点に関する原告の主張は理由がない。
次に原告は、中里地区農地委員会が本件各土地につき樹立した第十三期買収計画に対する原告の異議申立につき何等の決定をなさず、従つて右買収計画がいまだ確定しない中に被告知事が本件買収処分をなしたのは違法である旨主張するので案ずるに、成立に争いのない乙第四号証、第五号証の一、二、第七号証、第八号証の一、二、第九号証、第十号証の一、二及び前記証人加藤作太郎の証言を綜合すれば、昭和二十四年九月二十六日原告が中里地区農地委員会に対し本件各土地につき樹立された前示第十三期買収計画に対し異議を申し立て且つ同月二十八日本件係争外の六十番のチ号の二及び同番のト号の各土地につき樹立された前示第十一期買収計画に対する原告の異議申立につき同委員会のなした異議認容決定書の理由を、同年九月二十七日附「異議決定書中一部訂正について」と題する書面をもつて訂正した処分に不服ありとして異議申立弁白書と題する書面を提出したこと、同年十月十五日同地区農地委員会は、右異議申立及び訂正に対する不服申立につき、いずれも理由なしとして却下する旨の決定をなし、その頃原告に対し右決定書の謄本を送達したこと、よつて原告は同年十一月十四日右却下決定を不服として県農地委員会に訴願したこと、以上の事実を認めるに充分である。右認定を覆すに足る何等の証拠がない。
果してそうだとすれば、前示第十三期買収計画に対する異議決定は、本件買収令書発行の日である同年十一月一日以前になされたのであり、異議に対する決定なきにかかわらず買収令書を発行した違法のないこと明らかである。
そこで更に進んで右買収令書の発行が前示第十三期買収計画の確定前になされたものであるか否かについて考えて見るに、買収処分は買収計画に準拠すべきものであるから、買収令書は買収計画の確定を俟つて発行せらるべきものであり、買収計画に対し異議又は訴願がなされた結果買収計画の確定が遮断せられた場合には、右異議又は訴願が却下又は棄却されることによつて右買収計画が確定するまでは買収令書はこれを発行することを得ないものであることは、異議、訴願を認めた趣旨からいつても多くいうを俟たないところである。しかして買収計画はこれに対し法定期間内に適法な異議又は訴願がなされないときは期間の満了をもつて確定するのを原則とし、例外的に訴願法第八条第三項により宥恕すべき事由ありと認められる場合に限り、その後においてもこれを受理し得るにすぎないのである。されば計画庁又は訴願庁が誤つて期間経過後になされた不適法な異議又は訴願を受理したとしてもそのことの故に既に確定した買収計画の確定には何等影響がないのであり、従つて右確定した買収計画に基いてなした買収処分の効力に消長を来すものではないのである。
これを本件について観るに、昭和二十四年十月十五日中里地区農地委員会のなした異議却下決定は、同年九月二十六日前示第十三期買収計画につき、原告の申し立てた異議に対するものであり、同年十月十五日頃右却下決定が原告に送達されたのに対し原告が同年十一月十四日県農地委員会に対し訴願したものであることは前示認定のとおりである。しからば原告の同年十一月十四日になした前示訴願は、自創法第七条の規定の趣旨に徴し、前示異議申立却下決定に対する法定の訴願期間経過後に提起された不適法のものであり、右異議事件の確定を遮断する効力のないものといわなければならない。しかして昭和二十五年五月二十六日県農地委員会が原告の右訴願につき認容の裁決をなしたことは当事者間に争いがないところであるが、右認容の裁決は不適法な裁決であり、また同年六月二十五日同地区農地委員会から再議の請求があつたので同年八月二十四日被告知事が右訴願裁決の当否につき県農地委員会に再議に付させた結果、右同日前示訴願認容の裁決が取り消され、更めて訴願棄却の裁決がなされたこともまた当事者間に争いのないところであるが、仮りに右再議の請求及びこれに基く処分が適法なものとしても、結局前示認定の不適法な認容の裁決を前提とするものであり、右いずれの処分によつても前示異議事件の確定を左右することができない。この点に関する原告の主張もまた理由がない。
次に原告は、当初前記千葉清雄は、本件各土地につき樹立された前記第二期買収計画に対し原告が異議を申し立てるに際し、これに同意を与え、基準時現在において原告の自作していたことを述べておきながら、前示六十番のチ号の二及び同番のト号の二筆の畑につき所期の目的を遂げられないに及んでにわかに態度を変じて本件各土地につき遡及買収の請求をなしたのは信義に反する所為であり、かかる違法の買収請求に基きなされた買収計画、従つてこれを踏襲してなした本件買収処分もまた違法である旨主張するので案ずるに、成立に争いのない乙第一、六号証及び前記証人千葉清雄の証言によれば、中里地区農地委員会が当初本件各土地につき第二期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し昭和二十二年五月二十九日原告が異議を申し立てるに際し、右千葉清雄が右異議申立書に原告と共に連署し、基準時現在において原告の自作していたことを述べていながら、昭和二十四年三月三十一日同地区農地委員会に対し遡及買収の請求をなしたことが認められるけれども、前段認定のとおり、昭和二十一年九月本件各土地に関する前示小作契約を合意解約するに当り、原告は右千葉清雄に対し代替地を賃貸するとの約束であつたにかかわらず、本件各土地の返還引渡を受けながら右代替地に関する約束を履行しなかつたのであるから、右千葉清雄において前示第二期買収計画に対する原告の異議申立書に連署した事実があつたとしても、右は代替地の賃借を期待したからのことであり、原告において一方的に右約旨に違反した以上、右の一事を捉えて自創法第六条の二第二項第二号にいわゆる右買収請求が信義に反するものとは到底解し得られないところである。この点に関する原告の主張もまた理由がない。
してみれば、中里地区農地委員会が、基準時現在において本件各土地につき耕作の営業を営んでいた前記千葉清雄の適法な遡及買収の請求に基き、基準時現在の事実に則り右各土地につき前示第十三期買収計画を樹立したのは因より適法であり、従つて右買収計画を踏襲してなした本件買収処分もまた適法であつて何等原告主張のような違法はない。
よつて原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)